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SEEDのなまけもの事務員が「美容ブログ」というお題と戦っているブログです♪


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江戸時代後期あたりを調べてみました。
TVで「大奥」の再放送がありちょうど江戸時代後期をやっていたのでこの時代の化粧きになってたんですよね。

口紅は文化文政(1804年~1829年)ごろは唇を青く光らせるのが流行でした。
現代に唇を青くしたら「血色わるっ!」で終わってしまいそうです。
口紅は日本人の唇の厚さをカバーし上品にまたは可憐に見せるための工夫として始まりました。

まず、唇全体を顔と一緒に白くぬり、そして唇の部分だけを白粉を軽く落とします。
その上に唇の縁より内側に小さめに紅をつけます。
そのとき唇の奥の方に墨を薄くぬってから紅をつけると玉虫色に光って見えます。
これを艶紅化粧とか笹紅色とよばれていたそうです。

えーー!唇に墨ぬってたの?江戸時代の口紅の色は赤と黒をうまくつかったぬり方だったんですね。

江戸時代末期には、この笹色紅から薄淡色になりました。
化粧は、江戸では薄化粧が好まれ、上方(関西)は濃艶な化粧になる傾向がありました。

化粧水は自家製の糸瓜水や果物の皮などを用い、冬の肌荒れ止めは酒やゆず汁・蕪を焼いて酒に浸したもの、ひび、あかぎれには烏瓜の果肉を塗り、また烏瓜の根からの殿粉を天花粉といい、あせもやただれに塗布しました。

天花粉<ベビーパウダー>は昔のブログのベビーパウダーシリーズ(「3つの名前の正体は」等)でさんざん遊びましたが、このころから天花粉があったんですね。天花粉は非常に使えるアイテムの1つだと思います。
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戦国時代が落ち着いて文化が咲き誇った安土桃山時代。
いろんなものが派手な時代だったようです。
女性はよりいっそう美しく見せるため肩と裾に模様を目立たせたり、髪を上げてその美しさを誇示したそうです。なるほどぉー。じゃぁ現代のポニーテールもそんな考え方でいいのかな??

この時代スペインの石鹸工業が盛んでした。
なので献上品としてこの時代に石鹸(シャボン)が偉い人に献上されたのではないかと推測されるそうです。
ついでに「石鹸」という文字が登場したのは慶長11年(1606年)2代将軍秀忠の時代です。

小豆の洗粉や小ぬかのヌカ袋が使われだしたのはこの時代。
現代にもありますよねこれ。
安土桃山時代からあるのですからかなりのロングセラー商品だなと思います。

洗髪料(粉)はうどん粉を溶かしたもの、また粘土や白土、火山灰、茶などだったそうです。
わぁーい。美容実験のネタになりそうな情報発見。
実験するとして、うどん粉って小麦粉ですよね?小麦粉で髪洗ったら髪に小麦粉のダマがつかないか心配です。粘土や白土、火山灰どっから仕入れてこようかな。お茶は髪に良さそうです。
気が向いたら安土桃山時代風に髪を洗ってみたいと思います。
今回は鎌倉時代と室町時代の美容関係について調べてみました。

鎌倉時代は戦いの時代ですね。
戦で敵に首を取られても見苦しくないようにという理由で身だしなみを整えたそうです
髪は短めになり、いつもは元結をかけ丁子油で手入れをしたそうです。

「丁子油って何?」と思ったので調べてみました。

<丁子油=クローブという香辛料の精油。日本刀のさび止めにも用いられた。>

・・・日本刀のさび止めってところが戦国時代だなと思いました。
眉は自然な眉に近づき、一文字眉になったそうです。
まろ眉は戦闘にはやっぱり不向きだったよう。
命がけの戦闘中に汗や高貴さを気にした眉なんてできないですよね。

室町時代は乱世の崩れた秩序を回復しようと礼儀作法など盛んになった時代です。
能楽など「わび」・「さび」が生まれたのがこの時代です。
この時代は眉1本まで化粧方法が規定されていました。
男性は横眉・女性は茫々眉・少年は八文字眉などなど。

おぉー。この時代の眉は楽でいいですねみんなが茫々眉ならどうどうと眉ととのえず外にでれる!!調べてみて思うのですが美容にはその時代時代の政治や社会が強く反映しているなと強く感じました。

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